とも鍼治療室室長 塚田友樹と申します

2020年、新型コロナが全世界の人々に何らかの変化をもたらしたことは誰もが思うところではないでしょうか。
ネガティブなニュースが絶えない時間がもうすぐ1年になろうとしています。私はこの1年ほどの間、根本的に生き方について見直すことになりました。
そして出した答えが、この時期このタイミングにあえて開業をするという選択でした。
日々決断と選択を迫られる中、この決断と選択については一片の迷いもありませんでした。
鍼灸院は緊急事態宣言の中、医療機関としての扱いとなり、不要不急の対象とはなりませんでした。それは一部は社会からの医療機関としての認知とも言えますが、一部には社会の鍼灸の認知の低さを露呈する結果にもなったと思っています。いわゆる自粛警察の標的になったという話も多く聞きます。それが意味していることは、ひとつには鍼灸院が医療機関と言う認識がなされていないという現実を示しているのではないでしょうか。
その現実は現実で受け止め、というよりわかりきっていた事実であったと私は認識しています。
一方で、コロナ以外の病に悩み苦しむ方がいなくなったわけではなく、当たり前ですがそれまでと同じか、それまで以上に増えていることもまた現実です。
これからの時代、何をどう考え、決断し、選択するのか。その物差しは自分の中にしかないという時間軸になっていくのではないかと思います。
その中で、中国伝統医学東洋思想というのは、700年もの間、戦争が続いた中国春秋戦国時代に生み出されたものだと言われています。世の中が混乱を極める時代に一筋の光となった歴史があります。
そして、連綿と続く悠久の歴史があります。その一粒一粒にドラマが紡がれていたと聞きます。
私がこの医学を学び、一生をかけて追及したいと思うのは、歴史が証明した確かな裏付けがあるからです。
その学術は、現代にも活用ができます。
その一端でもかまわないから、今生きる方々の救いになりたいという一心で開業を決意しました。
だいぶ硬っくるしい文章になっちゃいましたが、まず一発目のブログということで、真面目な話をしてみました。
とも鍼治療室という名前は、友樹の「とも」と、共にの「とも」、友達の「とも」などなど、ともという言葉から連想する言葉にとても親しみを感じたからです。
また、鍼は怖い、痛いかも、怪しげというイメージを持たれている方も多いと耳にします。治療室という名前にしたのも、親しみが出やすくなるようにという思いから名付けました。
できるだけ治療室の空間も、温かみのある演出を心がけています。
定期開催している東洋医学教室も、できるだけわかりやすい言葉にかみ砕いて、でも東洋医学の誠はぶれないような内容にしております。
とにかく今の、これからの時代に必要です。それによって救われる人は未知数と確信しています。
次回からは、私が鍼師として歩み出すまでのストーリーを書いてみたいと思います。かなりかなり長くなってしまいました。それだけの熱意でこの医学に向き合っているのだと思っていただければ幸です。