様々な病に苦しんだ子供時代 その2

小学6年生の夏休み、算数の宿題をやろうと教科書を開くと、真っ白で何も見えない。母にそのことを伝え、すぐに病院へ。白内障であることが発覚します。普段塗っていたアトピーの薬が目に入ったことが原因だと医師に言われました。医師に言われるがままに入院、手術。目にステロイドが入ってしまったことが原因ということは、化膿性の一つとして間違いないのかもしれませんが、TCM(現代中医学)の観点では原因は他にも考えられると思っています。もしかしたら、手術をする必要なく鍼治療などで回復できていたかもしれません。当時は知る由もなくですが。
視力は右0.4、左0.7あり、左目の白濁はまだそれほどでなかったのですが、早めに処置しましょうということで左右同時に手術をすることに。
手術後の晩、術後の傷口が痒く、眼帯を壊して掻きむしってしまいました。夜中にナースコールをして、痒み止めの薬と、ひじにギブスを装着してもらうも、痒みはひかず、あまりの痒さにギブスを腕力のみで壊し掻きむしってしまいました。火事場の馬鹿力っていうのはこういう時でも発動するのでしょうか。
この日の出来事が影響してかはわかりませんが、術後、視力は左0.3右0.4から戻ることはありませんでした。
退院後も数か月の間、目の痒みと痛みでほとんど目が開けられなかったことを記憶しています。
その後、クラスに戻ることはできましたが、私を取り巻く環境は大きく変わってしまっていました。
国語の授業中で狂言作品の「附子」を音読していました。しかし、教科書の字はかなり見えにくくなっており、今何ページのどこを読んでいるのかを追うのに、それまでの数倍時間がかかるようになっていました。当時の担任の教師も、文字を見やすくするなどの対応をしてくださっていましたが、それが徐々に私はもう今までとは違う世界に生きているのだなと突き付けられるようでとても嫌だったことを覚えています。
かわいそうという評価をしてくるクラスメイトは一層かわいそうに拍車がかかり、それまできもいとからかってきていたクラスメイトまで妙に優しく接してくるようになったのでした。それまでは同じクラスメイトという枠組みで今で言うところのスクールカーストが成立していましたが、この時を境に、クラスメイトからすると、私は別の枠組みの人というカテゴリーになったように感じました。それが特別扱いということであり、健常者と障碍者という枠組みの違いということかもしれません。私と接するクラスメイトの立場を考えると、どう扱っていいのかわからないというだけだったんだと今は思えますが、当時の私は、それにより、存在を全否定されたようなショックを受けました。
さて、この後暗黒の中学時代。けっこうヘビーな話題になるので、元気な時に読んでくださいね。